登場人物
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#2 Magic dream
朝目覚めると、食堂には誰もおらず教会に人が集まっていた。
教会へ入ると甘い花の匂いがした。
中央に置かれている棺を見て納棺式だと気づく。
「先日、エーリ・ヘリアンサスさんが旅立たれました。
彼のジャスパーであるリュカ・コルノーさんは役目を果たしてくださいました。」
ロコが棺のそばでそう話しているのが聞こえた。
その名前を聞いてイザベラは顔を覆う。
「あまりに突然すぎるわ、そんな…」
「きっと、彼は幸せな最期を迎えたのよ」
クレスはイザベラを抱きしめ、背中を優しく撫でる。
「そう、そうよね…」
二人も花を手に取りエーリの眠っている棺に入れる。
幸せな夢を見ているような、穏やかな顔をしていた。
「私は、あなたの記憶のお手伝いができていたかしら…？
誰かにワガママは言えたのかしら。どうか天国でも幸せに暮らしていてくださいね…」
クレスは眠るエーリに言葉を残す。
花を手向けた後、周りを見渡してもリュカの姿がないことに気づく。
教会で共に生活していた彼の納棺式に彼がいないわけがない。
イザベラはロコに話しかける。
「神父様、リュカさんはどちらに？」
「彼はジャスパーとして役目を終えましたので、教会を去って元の生活に戻りました。
そういう決まりになっているんです。
突然の事でしたので…私も驚きました」
「そうなんですね…最後に挨拶でもできれば…
みんないなくなってしまうのね、とても寂しいわ…」
そのまま棺は教会の裏にある墓場へと運ばれて、土に埋められた。
この後は朝食の時間だが、喉を通らなさそうだと思った。
「ベラ、お散歩しない？」
「うん。そうね、ありがとう…」
イザベラの様子を見て、二人で敷地内を歩く。
途中でいろんな人と話をしたり、子供たちと触れ合ったりして少しずつ傷を癒していった。
息抜きに本でも読もうと図書館にやってきた。
イザベラは読みたい本を決めていたのか、すでに座って読んでいる。
クレスは少しこの教会について調べ物をしたかった。
ジャスパーはカーネリアンの救済をした後、死刑を受けるはずだ。
ペア同士でそのことを共有している者もいるが、私たちは共有していないから、ああやって嘘をついたのだろう。ただ、純粋な興味だけれど、自分たちジャスパーは死刑を受けた後どこへ行くのだろうか。教会に埋葬するわけではなさそうで、気がかりであった。
歴史書を探していると、古びたノートが見つかる。表紙にはアサイラム教会の名がある。そのまま手に取りノートを開く。
アサイラム教会の管理者の手帳のようだ。
今は1354年である。ロコは今年から神父に就任したばかりのようだ。基本的に60〜70年で代替わりしているようだが、ロコの前任者との間は7年ほどである。
セレナイト名の間に子供が書いたのだろう「せんせい」という文字がある。誰が書いたのだろう。
ページを進めると、
████教について書かれている紙切れが挟まっている。
確かアサイラム教会の宗派だ。
ひと通り目を通してから、特に不審な点はなかったので、あまり待たせる訳にはいかないと、傍にあった旅行雑誌を手に取ってイザベラの元に向かう。
席に向かうと、熱心に本を読んでいるイザベラの姿があった。微笑ましく思いながら、自分も持ってきた本を開いてみる。様々な国の旅行オススメスポットが掲載されている。今は外出ができないので、色鮮やかな景色が恋しい。
リベレのことを紹介する旅行雑誌を見つけた。閉鎖している現在では考えられないほど、賑わう街の写真が載っている。奇病が流行り始める前に作られた物のようだ。
懐かしく、少し寂しい気持ちになる。旅行雑誌を閉じると、来る前から机の上に置いてあった宝石の図鑑に目をやる。
綺麗な写真に惹かれて開けてみると付箋が貼られているのに気づく。
興味本位でそのページを開いてみる。
載っていたのは、救済制度においての私たちの名前だ。
これを知っていて名付けたのか、わからないけれど、誰かがこのことに気づいているのかもしれない。
何を目的にしているのだろうかと疑問を抱く。
なんとなく、嫌な予感がしたから顔を上げてイザベラに話しかける。
「ベラは、神父様のことどう思ってるの？」
「どうしたの、急に。神父様は優しい方で素敵な方よ」
「そうよね。私もそう思うわ…
ねえもし神父様がわるいひとだったら、私たちどうしようかしら」
「それは答えが決まっているわ！
前にね、リュカさんと神父様の先生と名乗る人に出会ったの。その人に神父様のことを信じてあげてほしいと言われたのよ。
だからわたしは神父様を信じて、着いていくわ」
「先生、学校の先生とか、お医者さんなのかしら…」
「分からないけれど、お名前がないみたいだったの。だから、スピカって名前をつけてあげたら、先生も気に入ってくれたのよ」
「ベラはいつでも優しいのね。素敵なことよ」
嬉しそうにその時のことを話すイザベラを見て微笑む。
明確な理由は突き止められていないし、ロコのすることに興味があった。
今は、太陽のような彼女と一緒にロコに着いていこうと決めた。
「何を読んでいるの？」
イザベラが楽しそうに読んでいる本に話題を変える。
クレスに「シンデレラ」と書かれた青い表紙を見せる。
「シンデレラ…ふふ、ロマンチックでかわいらしい本を読んでいたのね」
「シンデレラは、貧しい環境で虐げられていても一生懸命働いて、魔法使いにプリンセスにしてもらって、ハッピーエンドを迎えるのよね」
イザベラは本に目を落としながら話す。
「私は…もう綺麗にはなれないから、プリンセスにはなれないの」
そう悲しく笑うイザベラを見て、クレスは思わず身を乗り出してイザベラの腕を掴む。
「そんなことさせないわ！私が魔法をかけてプリンセスにさせてみせるから。
あなたは、シンデレラみたいに美しい心を持った人よ。なれるに決まっているわ…」
だからどうか
そんな諦めたような笑顔で、笑わないで。
そんなことを、言わないで。
ーーーー
図書館を出ると、朝食を食べにキッチンへ向かうことにした。
自然に空けられたイザベラの左側を歩く。
イザベラと一緒にいる時は左側を歩く癖がついて、彼女の美しい病を褒めるのが日常になった。
食べやすいシチューを作ることにして、二人で準備をする。
「痛っ」
イザベラが野菜を切っていると手が滑って指を切ってしまい、傷口から出た絵の具が野菜へ落ちる。
「ベラ！手当てしなくちゃ」
クレスはイザベラの絵の具を洗い流し、傷口を押さえておくように言って、慌てて絆創膏を取りに行く。
「あら…もう食べられないわ」
手が汚れないように野菜をゴミ箱に捨てる。
一瞬だけ神様から頂いた美しい奇病なのに、汚れてしまったと思ってしまったことに罪悪感を覚えた。
「そんなことを考えてはだめだわ。私は神様に素晴らしいものをあたえてもらったんだから」
ボウルに溜まった水に反射した自分の顔をみてそう思う。
絆創膏を持ってきたクレスがイザベラの手当てをする。
「ベラ、痛む？」
「ううん。平気よ」
ーーーーーーーー
あれから数日が経ち、
二人が廊下を歩いていると、何かが倒れる音が聞こえてきた。
音のした方に向かうと宿泊の扉が空いている。部屋を覗き込むと大きなダンボール箱を被っている小柄な人物が車椅子から落ちている。おそらく女の子だろう。傍には点滴もある。
「大変だわ！大丈夫ですか…？」
駆け寄ってダンボールを頭から外そうとする。
きっとこのせいで目の前が見えなかったのだ。
「すぐ取ってあげるから…」
その瞬間、女の子が身を起こして大きく手をふりかぶる。
イザベラが目を見開いてそちらを見るや否や、その攻撃的な指がイザベラの頬を引っ掻く。
「また連れ出しに来たの？私はどこにも行かないわ」
傷口から絵の具が滲み出す。
突然のことに痛みよりもショックの方が大きく、その場を離れようと立ち上がる。
しかし、それを今から攻撃されるのだと勘違いしたのか、暴れようと腕を振り回し始める。
「もう、いい加減にして頂けませんか。彼の目の前でそんなこと！彼は生きている、今も、これからも、私が死ぬまで見届けてくれるって約束したんですよ。だからここから動かないわ。」
ダンボールを深く被り、敵対心を顕にしながらそう叫ぶ。しかし、この車椅子の彼女の傍には誰もいないのだ。
「きっと誰かと勘違いしてるんだわ。私はあなたを助けたいだけ…」
彼女は、話しかけても聞く耳を持たずに呻いているだけだ。
それか、先程の言動から幻覚が聞こえているのかもしれない。
「彼ならそこにいるでしょう？彼が死んだなんて、冗談だとしてもあまりに酷いですよ」
彼女は大切な人を亡くしたのか。そう分かると、先程からダンボールを被って目を見せないことも、現実から目を背けようとした結果なのだろう。点滴も、食事を拒否して、動けなくなってしまい車椅子生活になったのだろう。
しかし、このままでは彼にとっても彼女にとっても報われない。不幸が不幸を招いてしまっていて、見ているこちらまで悲しくやるせない気持ちになってしまう。
「大丈夫よ、誰もあなたを傷つける人なんていないわ」
優しく話しかけても、やはり無駄なようだ。
追い払うように腕を振り回して、繋がれた管から点滴台が大きく揺れる。
「だめ！」
クレスがそう大声を上げて、イザベラの方に倒れようとしている点滴台に手を伸ばす。銀のパイプがプラスチックのように凹み曲がる。焦りから力を制御するのを忘れていた。
急いでイザベラの様子を確認する。
「…ぁッ」
イザベラの火傷跡から絵の具が塊になって落ちている。痛みに耐えるために叫ぶことも出来ず声にならない様子だった。クレスは息が詰まった。よりによって昔の傷を抉ることになってしまった。
「車椅子の貴方、ごめんなさい」
話すことの出来ないイザベラの代わりに、車椅子の少女にそう告げて、彼女の肩を抱きながらその場を足早に立ち去る。
そのまま急いで部屋に戻ると、手当のために横にさせる。クレスが絵の具の手当をすると、しばらくは子供を寝かしつけるように布団をトントンと叩いていた。
落ち着いてきたのか、小さな声でイザベラが話し始める。
「来て欲しくなかったのかしら、嫌なことをしてしまったのだわ。私、いつも…」
大きな傷を負った影響からか、酷く弱った様子だ。昔の火傷を負った時のことも思い出してしまったのだろう。
「この火傷をした時も、その人が私のせいで苦しんでいたのを知らなかった…いいえ、気づかなかった。私、いつまでも同じなのね…」
「あなただけが悪いわけじゃないのよ…」
痛々しい様子に、彼女を目一杯抱きしめる。
感情的になりあまりに強く抱き締めてしまい、アザのように絵の具が浮きでてくる。
クレスはそれに気づくと焦り、悲鳴をあげるが、イザベラは何も言わずにそのまま身を預けている。
「痛くないよ」
イザベラはただそう笑っていた。悪意でもなんでもない、愛故の痛みだもの。
クレスは、思わず絞め殺してしまいそうだったことに動揺すると共に、彼女を可愛く終わらせてあげるのは自分だと、そう思うと少しだけ胸が高鳴った。
ーーーーーーーー
夜に教会を散歩していた。
寝静まった教会、椅子に座ってステンドグラスと神様の銅像を見ながら談笑をする。
「クレス。私、そろそろ神様に会いに行こうと思うの」
イザベラは、目の前にある神様の銅像を見ながら言う。
「そうね…わかったわ」
クレスは座ってるイザベラの後ろに回り、首を擽るように優しく腕を回す。
「きゃ、くすぐったいわ…！」
イザベラは無邪気に笑う。
「ねえ、今日のお茶は美味しかったかしら？特別に仕入れたのよ」
「とても美味しかったわ…！そうだったのね！素敵なお茶を飲めてよかった」
「ふふ、よかったわ」
愛おしそうに頭をくっつける。
「ねえ、今日まで幸せだったかしら？」
「ええ、有り余るくらいとっても、とても幸せだった」
「ふふふ、よかったわ。私も嬉しい。
じゃあ、もう1つだけ聞いてもいいかしら？」
イザベラは、続く質問に疑問も持たずニコニコとしながら返事をする。
「もちろん！なんでも聞い＿＿＿」
喋りながら、イザベラの首が音を立てて折れる。
人の身体が容易く壊れる様子に思わず笑みが浮かぶ。久しぶりの感覚に浸りながら、可愛く終わらせることが出来た満足感が溢れる。
「ああ、可愛い。可愛い。ベラはこうやって弾けちゃうのね」
花壇に頭をぶつけてゴムまりのように弾けたあの子、首を絞められて真っ赤になってあぶくを垂らして死んでいったあの子を思い出す。
悪い事だとも、救済と銘打っている行為ということも分かっているけれど、どうしようもない快楽に包まれてしまう。
開いたままの瞼を指で下ろす。力が抜けた体は、前のめりに倒れようとするから、クレスが抱きかかえて、頬を撫でる。
「お顔を傷つけないようにしたのに、髪が乱れちゃったのね」
もう動かないイザベラの髪を綺麗に編んで、綺麗にお化粧をする。
まるで怪我なんて無かったような綺麗な顔で彼女は眠る。
「ベラ、あなたはちゃんとプリンセスになれたわよ」
私はベラにとっての魔法使いになるって約束したから…
目の前の神様の銅像を見つめると、彼女の"神様に自分の姿を見てもらいたい"という願いを思い出す。
脱力したイザベラの体を恐る恐る触れて抱えあげる。壊さないように大切に抱えるが、骨が軋む音がする。
「今まで壊してくることしか無かったのに、こんな時だけ守りたいだなんて、許されるはずないわ！」
緊張で息を止めながら歩く。壊さないように、美しいままに。
「どうか、神様の元に行くまでは、壊れないで、お願い。」
劣化する前に見せるために、駆け足で向かう。汗が流れる。彼女を持ち上げるのはなんてことないのに、酷く疲れている。
なんとかたどり着くと、神様の銅像の前に彼女を寝かせる。
手を組んで祭壇に向かって祈る。
「神様にこの子が出会えるように、イザベラ･リリィの魂が迷わないように…どうか、お導き下さい。彼女が、次は幸せな人生を歩めるように。」
自分の手が赤くなるほど、強く強く祈る。
救済執行の報告書を渡すために、ロコの部屋の扉をノックする。
「神父様、お願いしますわ」
ロコは黙って受け取り目を通す。後はクレスの死刑を行うだけだ。ロコはイザベラの死体を死体安置所に移動させるために、その場を離れていく。
夜の廊下特有の冷たい空気に晒されても、満たされたクレスの脳は熱く煮えきっている。
一度教会へ戻ると、暗闇からクレスを呼ぶ声が聞こえてくる。
「クレス」
それは、ルイス･ガブリエルだった。気づくともう深夜になっており、暗くて表情は見えない。
「驚かせるつもりはなかったんだ、目が覚めてしまって」
クレスは、彼が自分がしたことも全てわかっているのだと勘づけば、ルイスに近づき話し始める。彼とは親しい仲であるし、なにより…
「私、殺しちゃったの。
ごめんなさいね、こんな姿を見せてしまって」
「ううん、クレスはやっぱり、救世主だ」
なによりも、人殺しを全て肯定してしまうのだ。悪い事だとわかっているのに、不思議だと思う。彼は自分自身のことを理解出来ていない、とっても可愛い子。
「彼女のことも救ってあげたんだね。優しいなあ」
「ベラは救われたのかしら、私、壊すことしか出来ないのに」
「クレスに救われた僕が言うんだ、そうに決まってる」
「ふふ、そうね。ルイが言うのなら、そうよね」
静かな空間。その先を言い淀んで、沈黙が続く。クレスは、神父の元へ向かうのを決心し、扉を見つめる。それに気づくと、泣きそうになりながらルイスは引き止めようと話す。
「クレス、もう行くの」
「…ええ、行かなくちゃいけないもの」
「行かないで」
「ルイ、悲しいことじゃないわ。みんなより少しだけ先に天国に行くの」
「僕がかみさまじゃないからいっちゃうの？」
「天国には、本当の神様がいるから、僕の元を離れるんだ。」
「どうすればいい？」
「どうしたら、クレスをこのまま地上に置いてられるの」
「そうだ、僕が、僕が………」
祭壇に置いてあった聖書を咄嗟に掴む。
念の為、居場所を監視されている首輪に気をやる。酷く心拍数が荒れているのに首輪が絞まる気配はない。クレスの役目が終わったから、僕が手を下しても許されるのだろうか。
「僕がクレスを天国につれていけば、僕は神様に近づけるのかな。そうしたら、死んだ後も僕の元に来てくれるよね」
そのまま振りかぶると、クレスの頭を執拗に殴り付ける。感情に支配され、正気を失っている。
「僕が、連れていかなきゃ、僕は、僕だけが、僕が連れて…」
虚ろな意識のまま、呪詛のようにただ同じことを繰り返して叫ぶ。
「……あぁ、ルイ」
殴る、ひたすらに、腹を腕を首を顔を。あたりは血で充ちていた。
「僕がこの手で天国へ連れて行ってあげる！」
ルイスは満面の笑みで、そう語りかける。
「えぇ、素敵なことよ。ありがとう、ルイ」
息も絶え絶えに返事をする。
「かわいい、かわいい、私の天使」
それを呟くと、身体の力が抜けて血の海へ沈む。クレスは息絶えたのだ。
ルイスは、その場で立ち上がって死体を見下ろすと、嬉しそうに笑った。
「これでかみさまになれたかな」
そのまま、血で濡れた手と服でロコの元へ向かう。素敵なことをしたんだから、伝えなくちゃ。安置所から出てくるロコを見つけると、子供のように駆け寄る。
「神父様、こんばんは。
僕、クレスを殺しました」
Relief execution
Jasper:Creskens･Maria･Gloria
Carnelian:Isabella･Lily
End:Magic Dream
