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登場人物
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#3 Wake up from a dream

「こんにちは、お兄さんたち」

 

ルイスとセスが教会を彷徨いていると、車椅子を押している白髪の中性的な子供に出会った。車椅子に座って点滴を付けたカーネリアンを心配している様子だ。しかし、その車椅子に乗っている人物が奇妙で、落書きで顔を描かれた段ボールを被っている。

 

「その子は…」

「ダンボールちゃん、人と話すのが苦手なんだ、ごめんね」

 

二人の問いかけに微動だにせず、ただそこに居るだけだ。まるで置物みたいだと思う。

 

「よかったら僕とお話しない?」

 

一見少女のように見えるが、振る舞いはまるで少年のようで、不思議な雰囲気を纏っていた。しかし、底なしの明るい笑顔を見れば、いい子なのが伝わってくる。

話そうと応えると、嬉しそうに自己紹介をする。

 

「僕はアイノ!アイノ・アートルネン!よろしくね!」

「僕はルイス・ガブリエル。ルイスでいいよ」

「セス・クラークです…」

 

軽い挨拶をして、セスは違和感のある子供の格好に注目していた。足首を覆い隠す大きな衣類を纏っているが、足先には緑色が見える。よく見ると足に蔦が巻きついているのが見える。きっと奇病によるものだ。隠しているものを見つけてしまった罪悪感から目を逸らすが、気づかれてしまっていたようだ。

 

「バレちゃった?くっそ〜!見えないようにしてたのに!」

 

奇病に対しても、気にしていないかのような振る舞いをするが、隠している時点できっと心配させまいというこの子の優しさなのだろう。随分若くみえるのに、そんな振る舞いをできるのは、尊敬に値する。

 

「すまなかった。君は強いな」

「えっ!ありがとう!笑っていれば痛みも吹き飛んじゃうんだよ!」

 

ニコニコと広角に人差し指を当てて二人に笑顔を見せる。

 

「僕も、元気に笑ってみようかな」

 

ルイスも指を当てては、普段の微笑みような笑顔をより反らせて歪な笑顔を見せる。

 

「似合ってない…その顔は不安になるからやめろ」

「そ、そう…ごめんね」

 

セスが鋭い一言を浴びせるとしゅんとして普段の弱々しい表情に戻る。

 

「ぼく、みんなと遊びたいんだけど、ここに来たばかりだからわからなくて…

なにかおすすめの遊びないかな?」

「遊びかあ…神父様に頼んだら、割となんでも買ってくれると思うよ」

「そうだな、聞いてみると何か提案してくれるはずだ」

 

ロコと親しい二人はロコに協力してもらうことを教えてあげた。

 

「そっかあ!外に出て遊んだりしたいんだけど…教会にいい場所あるかなあ?」

「わかりにくいけど、広間からでて真っ直ぐ歩いて突き当たりを曲がると中庭があるんだ。そこなら遊べると思うよ。ボール遊びやシャボン玉をしてる子をよく見かけるし、一緒に遊んでみてもいいんじゃないかな」

「本当!?知らなかった、そうするよ!ありがとう!」

 

なんでも答えてくれる二人に対して、なにか聞きたいことができたようで話そうか迷っている素振りでこちらを見る。

 

「あ、あのね…お兄さん達ならわかるかもしれないから聞いてみるんだけど…」

 

「ぼく、しにがみさんを探してるの!ぼくにはパートナーがいなくて、ぼくを助けてくれる人と会いたくて!

「今は人が足りてないってことなのかな。大丈夫だよ、すぐにしにがみさんが来てくれて、君を助けてくれるから!」

「…そうだな」

 

しにがみという形容詞が変わっていて、気になるが確かに死神という言葉が一番適切ではある。

 

「ありがとう、おにいさんたち」

「いいよ、また何かあったら頼ってくれていいからね」

「うん!ありがとう、優しいね!」

 

そういわれて嬉しそうな様子のルイスを見て、またいつもの善人面だとセスは悪態をつく。

 

「じゃあね!ばいばい!」

 

元気に手を振りながら、ダンボールとアイノはその場を立ち去っていった。この教会に珍しい、そこ抜けた明るさの持ち主に触れて新鮮な気持ちになりながら、いつもの生活に戻っていく。

______________

セスが物音で目を覚ます。暗い部屋の中で、ルイスがぼんやりと立っているのが見えた。真夜中にどうしたのか、凝視していると白い布きれで腕を包んでいるのがわかった。真っ白なはずのそれが黒く滲んでいる、こんな時間にどうしてそんな傷を負うんだ。

 

「おい」

「…あ、起こしちゃった?」

「怪我でもしたのか」

「ありがとう、大丈夫だよ」

「そうか、悪いが僕は、眠いんだ…このまま眠るよ。

今日も時間が狂っていて眠る時間が遅くなった」

「うん、ごめんね。おやすみなさい」

_____________

セスが目を覚ます。時計を見ると食事の時間が差し迫っている。慌てて起き上がるが、ルイスはぼんやりとした様子で椅子に腰掛けている。普段なら、鬱陶しい善意で朝食のために叩き起こすような奴なのに、なんだか様子が変だ。広間に集まる賑やかな声も今日は聞こえず、ただ規則的な足跡が不気味に聞こえてくるだけだ。

 

「おい、ルイス。何があったか知ってるか」

「うん」

 

慌ただしい姿を見続けてきたセスにとっては、落ち着き過ぎている今のルイスが別人のように見えた。

 

「彼女たちは救われたんだよ。

ほら行こう」

 

ルイスに連れられて、人の流れに混ざって教会へと入る。

 

花の香りに満たされた教会。以前も教会で生活していたセスにとっては、慣れてしまった。

 

「先日、イザベラ・リリィさんが旅立たれました。

彼女のジャスパーであるクレスケンス・マリア・グローリアさんは役目を果たしてくださいました」

 

普段からロコと話す機会の多いルイスは、そう告げる声色が無機質に感じた。

感情を殺しているのか、何も感じないのか…優しく振る舞う彼のことがいまだにわからない。

ただわかるのは、ぼくたちの救世主であるということだけ。ルイスがクレスのことを慕っていることを知っていたセスは、騒ぎもせずに納棺式を過ごしていることに、また違和感を覚えた。もしかして、知っていたのだろうか。イザベラの元に行くと、奇病の傷を化粧で隠されていた。初めて本当の顔を見ることになるのが、最期だなんて皮肉だ。クレスがやったのだろう。彼女はすっかり変わってしまったが、シスターとしての意識が残っていたようで複雑な気持ちになる。なら、どうしてあんなことを…。眠るイザベラに別れの挨拶をする。

 

「…よかった」

 

ただ心の底からそう思った。彼女が美しい姿で神の元へ向かうことも、穏やかな顔で死ぬことができたことも。

自分と同じように神を信仰し続けた彼女が報われたようで、安心した。自分にも報われる時が来ると信じて、墓へ埋められる棺を見つめる。

 

「素敵なことだね」

 

静かだったルイスが口を開く。弔いの場で素敵だという言葉は相応しくないが、僕らにとっては焦がれ求めること。この教会の外では、おかしいと凶弾されるのだろう。この場所は、世間から僕らを守るために外界を遠ざけているため、別世界のような錯覚に陥る。

 

「今日はいい日になりそう。ご飯食べに行こうよ」

「言われなくても、すぐ行く」

 

広間には普段と比べて人が少なかった。葬儀があった日はいつもこうだ。しかし、回数を重ねるごとに疲弊していき、ますます参列者が減っている。

 

「神に感謝して、いただきます」

 

セスが神への挨拶をして食事を始めるが、ルイスは平然と何も言わずに食事を始める。無礼だと訝しげに睨みつけるが、気にもしていないようだ。毎日行っていた風習なのに、知らないことだというように。

 

「ねえ、今日は中庭でお茶しない?」

「どうして貴様となんか…」

「そう言わずにさ…」

 

キッチンでお茶を作り、食器を持ってくるとルイスに背中を押されて強制的に中庭へと向かう。ルイスとセスの意見が一致することはほぼなく、毎度どちらかが無理矢理行動を決めている。中庭にあるテーブルクロスの敷かれた真白なテーブルとガーデンテーブルに座ると、アップルティーの澄んだ香りが鼻腔に広がる。

 

「今日はいい天気だからさ、お話ししようよ」

 

普段ならば、話すことなどないと早々に退席しているところだが、今日はあいにくにも話題がありすぎる。

 

「なあルイス、貴様なにかあったのか…」

「なにか…って?」

「今日は様子がおかしいぞ、自覚がないのか?」

「おかしくなんてないよ、これが正しいんだから」

「その変な言い回しも気持ち悪いんだ!いつもは騒ぎまわって落ち着きがないのに…別人に乗っ取られでもしたのか」

「そんなことしてないよ」

「わざとでもないのか…?」

「うん、僕らしく振る舞っているだけだよ」

「話が進まない…」

 

答えの出ない会話に苛立ってため息をつく。今はこの紅茶だけが癒しだと、飲みながら思考する。

 

「やっぱり、クレスがいなくなったことで、落ち込んでるのか」

「えっ?」

「なんだその反応は。いつも貴様が虫のように引っ付いてただろう」

「それは、そうだけど…落ち込んでるのかな?」

 

自分のことなのに、口元に手を添えては考える素振りをする。

 

「落ち込んでいないなら、なんなんだ。何も感じないわけじゃないだろ」

「そうだな…悲しくはないんだ。クレスのことを祝福していて、僕は嬉しいと思ってる」

「それは、僕もそうだ…」

 

そういえば昨晩のことを思い出す。夜中に怪我をして戻ってきた時に、なにかあったのかもしれない。幽霊にでも意識を取られたんじゃないか。

 

「そういえば、怪我は?」

「怪我…?ああ、昨日の夜のこと…」

「出血してただろ、深かったんじゃないのか」

「いや、僕怪我してないよ」

「は?」

 

ルイスは腕をひらひらとさせて手を振ってくる。

 

「でもあの血は見間違いじゃないはずだ。貴様!なにしたんだ!」

 

セスは、テーブルに手をつき勢いよく立ち上がると、ルイスを指さし責め立てる。なんとなくもうわかっている、だからこそこの怒りが収まらないのだ。

 

「確かに、血は拭いていたけど、あれは僕の血じゃないから…」

「貴様のことは嫌っていたが、まさかそこまでとは!」

「違うよ、僕はクレスを天国へ連れて行っただけなんだ。悪いことなんてしてないよ」

「ここに来る前、犯罪者になった時も同じことをしただろう。同じことを繰り返すのか」

「どうして?クレスだって喜んでくれた。どうして罪になるのさ」

「はっ…貴様と話していると疲れる」

 

力任せに座り、チェストが揺れる。ティーポットの熱を感じて心を落ち着かせようと努める。

 

「天国へ連れていくだなんて、貴様は神の声でも聴いたのか」

「神の声って、何?僕が神様なのに」

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吐気がしそうな嫌悪感に襲われ、脳が熱を帯びてグラグラと揺れる。お前だけは神を名乗るな。認めたくない。自分を救う存在_神様が貴様だなんてことは。信仰し続けてきた神様が僕にしてきたことは酷いものだった。人生が狂った原因である奇病を授けたのも、今まで信仰してきた神様なのだ。だからといって、目の前の神様気取りの犯罪者を信仰するだなんて許されないし、許したくない、受け入れたくない。

 

「おかしなこと言うんだね、セスくんは」

 

何もかも、狂っているのは貴様だけだ。そう罵声を浴びせたいのに、心情を滅茶苦茶にされてしまって、混乱気味だ。何も、認めたくないし、見たくない。このベールで全て隠してしまいたい。

 

「僕を信仰すればいい、僕は全てを赦して認めてあげられるから。君に罰を与えたあの神様より、ずっと幸せだ。」

「嫌だ、嫌なんだ…信仰してきた神様が、僕を救ってくれないだなんて、わかりたくない」

「でも、そうだよ。君を苦しめ続けているのは、正真正銘その神様なんだから」

「でも、だからといって、貴様を信仰なんて、したくない」

「セスくんは、自分のことをわかってないよ。今まで、神様を信仰し続けて人生全て捧げてきたのに、今更止めることなんてできない。神様のために生きて、死ぬために過ごしてきたんだから、逃れることはできないんだよ、そうでしょ?」

「…」

「それに、今まで信じていた神様を疑っちゃったら、素直に信仰できるのかな」

「黙れ、もういい。僕は戻る」

 

席を立つと、相変わらず待つように言いながら後をついてくる。振り切りたいのにしつこく追いかけてくるから、部屋に戻る前に歌の練習をすることにして、教会へ逃げ込む。ルイスは長椅子に座って少し離れたところから見守っている様子だが、傍にきて話しかけることはなさそうだ。思考が止まらなくて疲弊しているが、紛らわすために歌に集中した。無我夢中に歌った。歌しか頭になくなるくらい、思考を止めることに必死になった。

 

「ねえ」

 

ルイスの声がして、意識が引き戻される。せっかく集中できていたというのに止められたことに、また苛立った。

 

「あ」

 

文句を言おうとすれば、自分の声が聞くに耐えないほど、しゃがれてしまっていた。何時間、経った…?

原因はわかっている、何度も経験しているからわかっている。その事実を確認するために、時計と空を見たいのに、怖くて見ることができない。自分が、ルイスから逃れるために起こしたことだ。それにその偽物の神に見られていることから、自分の過ちを認めることが怖い。

 

「部屋に戻ろう。僕たちの場所に」

 

何も言えないまま、部屋に戻る。自分の今の声を聞きたくなかったし、奇病による喉の痛みをわかりたくなかったから。部屋に戻れば、ルイスがしゃがみこみ目線を合わせて話しかけてくる。

 

「僕たちは、一緒にいるべきなんだ」

「嫌だ」

 

ぐるぐると回る視界に、倒れないように頭を抱えて耐える。

 

「セスくんは、発症してる時の行動を人に見られたくないでしょ」

 

「嫌だ」

 

「僕ならもう見慣れているし、僕に見せてもそんなに気にしていないみたいだから、僕たちが一緒にいるのが一番だと思うんだ!」

 

「いやだ!」

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僕、僕たち、という言葉が反芻した話し方が洗脳じみていて、どうにかなる前に聞くことを拒んだ。うまく発声できない枯れた喉で裏返りながら話す。

 

「僕は、お前にだけは耳を貸さない…」

「どうして?僕は、セスくんを助ける神様なのに」

「貴様は、僕を殺すだけでいい。手を下すだけの、人間だ」

「でも…」

「でも、それは僕が役に立てるってこと!?嬉しい、嬉しいな」

 

喋ることが困難で、筆談に変えて返事をする。

 

『わけがわからない。神にこだわってたんじゃないのか』

「僕は、ただ、誰かの役に立ちたいだけなんだ。セスくんは、僕に心を許してくれなかったし、殺されるのも嫌なのかと思っていたのに…そうだったんだね!」

『うるさい、今日は、もうねる』

「あ、でも、まだ夕方だよ?」

 

その言葉に驚いて、力んだ勢いで紙をクシャクシャにしてしまう。

 

「とりあえず、喉を休めようよ。薬をもらってくるから、待ってて」

 

そう言って走り去る姿は、以前のような、慌ただしいルイスに戻ったようだった。

_______________

奇病の進行が進んでいる気がする。症状としては、最近では食事を一時間おきに摂ろうとするし、丸一日眠っていることもあった。時間感覚が更に短くなっている。周りの24時間は、僕にとって6時間、5時間…もっとみじかいかもしれない。時間の差だけ、自分が置いていかれているようだ。

_______________

朝、微睡み。

まだ少し眠たくて、ぼーっと壁を見つめる。柔らかな日差しが部屋を明るくする。

 

10分後  昼、焦燥。

眩い光で部屋がより明るくなる。動かなければいけない。しかし動こうとする間にも部屋がどんどん暗くなっていく。

 

10分後  夕、衰弱。

空腹のせいで、起き上がろうとしたら倒れ込んでしまった。呼吸を整えてから立とうとするのに、体に力が入らない。

 

10分後  夜、認識。

時の流れが早すぎて、ルイスに声を掛けられていたのに気づけなかった。きっと、食事も運んでいたのだろう、机の上には冷めきった食事が丸々残っている。返事をしたいのに、時間に置いていかれてしまう。自分だけ、世界から排除されたみたいだ。

 

10分後  深夜、応答。

ようやく、話せるようになった。

「どのくらい経った?」

「3日だよ」

ああ、もう、僕は駄目になったんだ。

 

__________

「ねえ、聞いた?あの部屋の話」

「ああ…撲殺していたのを隣の部屋の子が止めに入ったって話でしょう?救済制度のペアなら、そのままでも良かったんじゃないかしら」

「いや、それが…昨日の夜から10時間ずうっと、殴り続けてたみたいなのよ」

「どうしてそんなこと…」

「僕は、この子に少しでも長く救われているのを感じてもらいたいだけなんだ…この子は、もう、一時間を体感するのも3日以上かかってしまうから…って話してたらしいの」

「奇病の症状だったのね…優しさなんだろうけれど…怖いわね」

__________

「神父様、やっぱり僕は死刑になるの?」

 

セスを救済した朝、教会の中で騒ぎになってしまった。今はロコに呼び出されて懺悔室にいる。別に懺悔させられるために呼ばれたのではなく、ここなら鍵もかけられるし、人目につきにくいから、騒ぎから遠ざけるための隔離だ。

 

「はい、そういう決まりですから」

 

無常にいつものように決まった言葉を返す。

 

「なんで?僕は悪くないんだ、僕が裁かれるなんておかしいよ。こんなに皆のために頑張ってきたのに!」

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「理由があれば、人を殺していいわけじゃない。どれだけ周りに尽くしたとしても、君は、犯罪者だ。救世主でも神様でも、ない!」

「じゃあ、じゃあ!神父様はどうしてこんなことをするの。犯罪者を集めて殺させて、それを救済だなんて呼ぶの?どうして?わからないよ」

「私は、最初から裁かれる覚悟ができています。自分のしていることは分かっていますから」

「…そんなの理由にならないよ。最後にこれだけ教えて、僕は誰かの役に立ててたかな?」

「ええ、セスくんは、間違いなくそう思っていますよ。本人は納得出来ていませんでしたが、前からルイスくんに殺されることを望んでいましたから…」

「そっかあ、じゃあ、僕は最後に誰かの役に立てたんだね…」

 

玄関から外に出たのは、ここに来てから初めてだけれど、外に出ても広い敷地が広がっていて、外の世界はまだまだ遠い。小屋に連れて来られた後、部屋に入るよう指示があった。部屋に入っていくと、立ち止まったロコを振り返って話しかける。

 

「神父様は?」

「私はここまでです」

 

扉がゆっくりと閉まっていく。部屋の中はオレンジ色の花が天井一面に広がっていた。

 

「僕、本当に死んじゃうんだ」

 

花が綺麗で、上を見上げていた。誰もいなかったはずに部屋に人の気配がして、辺りを見渡す。

自分の部屋だ。今まであの小屋にいたはずなのに…使用人が食事を食べさせてくれる。服を着替えさせてくれる。眠る時にそばにいてくれる。でも、おとなしく微笑んでいるだけで、何も言ってくれない。

僕は何もしなくても、生活ができるし、幸せだ。ずっと遊んで暮らしても、寝て暮らしても、僕は生きていけるんだ。でも、僕が何もできないことを、誰も教えてくれなかった。僕のことを否定せず、肯定しかしない周りの人たちの優しさが自分への無関心のように感じて信じられなくなった。すっかり奇病が進行して、僕とも会話ができなくなった時、セスくんが吐露していたことを思い出す。

 

『僕は、この奇病のせいでみんなに置いて行かれているみたいだ』

 

そう悲しそうに、もう立ち上がれないほど弱って床に這っては呟いていた。きっと僕に話したんじゃなくて、つい感情が口に出てしまったのだろうけれど、僕はそのことを確かに覚えている。

 

「僕も、そうだ…周りに置いて行かれるのが怖くて、誰かの役に立つために、必死にみんなに尽くしてきたんだ。人に置いて行かれることが怖いから、誰かのそばにいたんだ。ぼくは一人じゃ生きていけないから…」

 

ただそれだけが始まりだった。誰かの役に立って、自分は何もできない子じゃないと証明したかっただけ。

 

「ただ、役に立とうと思って、願われたことを全て叶えてきたのに、どうして犯罪者なんて扱いなんだ。ただ、家族が邪魔だって言ってた一家を殺しただけなのに…」

 

家族だって喜んでくれたのに、どうして裁かれなくてはならないんだろう。

 

「でも、神様はわかってくれているはずだよ。僕は必ず天国に行けるんだ。そうしたら、クレスも僕に会いに来てくれるから」

 

次第に全身の血が沸騰しているような感覚がルイスを襲う。喉が熱くて痛い。必死にかきむしって、痛みを誤魔化すために部屋の中を彷徨っては壁に体を強く打ち付けてのたうち回った。

 

「ねえ、神父様!苦しいよ、たすけて」

 

扉を開けようとしても、鍵をかけられていてびくともしない。

 

「どうして、なんでこんなにくるしまなきゃいけないの…」

 

鼻血が止まらなくなって吐血も始まる。思考がうまく回らなくて、ただひたすらに痛みから逃げようと扉を叩き続ける。喉の皮膚が裂けて出血し始めた。あちこちに打ち付けて、痣と血で汚れたルイスの意識が遠のいていく。もう限界が来たようだ。

 

「これでもう、ゆるしてくれる………?」

 

どうか、このまま天国に連れていって__

Relief execution

救済執行

 

Jasper:Lewis・Gabriel

Carnelian:Seth=Clerk

 

End:Wake up from a dream

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