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登場人物
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#4 Lucid dream

静かな朝は、決まって納棺式がある。だんだんと覚えてきた。教会へ入ると甘い花の匂いがした。初めは、沢山の人が居て、強烈な花の匂いに嫌気がさしたというのに、参列者が減ることで心地よく感じるのは皮肉めいていて余計嫌だと思う。それだけ人が居なくなっている。

 

「先日、セス=クラークさんが旅立たれました。

彼のジャスパーであるルイス・ガブリエルさんは役目を果たしてくださいました」

 

以前聞いた、ガーラントは、ジャスパーが役目を果たして元の場所へ帰った、という報告で疑問が確信に変わる。この場に現れないということは、もう…。彼らのことは騒ぎになっていたし、セスくんの様子は布で覆われていて見れなかった。聖歌隊の子たちが、彼のためにレクイエムを歌っていた。パトリシアは少しここに残ると言って遺体を見ており、ガーラントは先に部屋に戻ることにした。

 

「ちょっと、君」

葬儀の後、部屋に戻ろうとするパトリシアが誰かに声をかけられる。

その人物は白衣を着ていて憂鬱そうな顔をしていた。男性にしては伸びきっている髪からエメラルドの瞳が見え隠れしている。パトリシアは同じ医者だとわかると少し安心して話を聞く。

「君はここにいるけれど医者、だよな。私以外には初めて見た」

「ついこの間ここに来たばかりなので…パトリシアと申します。初めてお会いしましたね」

「すまない、俺はほとんど自室にこもってるんだ。外にいるのは苦しくてね…」

そう言う彼は、先程から萎縮した様子で話している。

「治療のできない医者なんて生きている意味がない…だからここに来て研究を続けていたが、結局何もわからなかったんだ。ただ苦しんでいる患者が生きて死ぬのを見ていることしかできていない」

「やはりどこも同じなんですね。だからこそ、こういった教会が成り立っているんでしょう」

「その通りだ。だからこの教会のことをよく思っていないんだ。それがあいつにも気づかれていて、もう口も聞いてもらえない」

「あいつ?」

「あの神父だよ」

慈悲深いあのひとも人を嫌うことがあるのか。

「ああ、そうだ。君に頼みたいことがあったんだ。頼まれてくれるかい」

「ええ、私でよければ。」

「それが…」

___

 

部屋に戻ったパトリシアがガーラントに頼まれたことを説明していたところ、ガーラントが驚いた声を上げる。

 

「死体を探す!?」

 

「結局、ロコさんに研究材料のために欲しいと頼んでみてもはぐらかされてしまいまして、それならば自分たちで探すのが一番だと思った次第です」

「死体の在処を聞いてきて欲しいと言われたからって、それは墓荒らしですよ」

「私は神や祟りなど信じていませんので」

「うーん、でもそれに協力するのは私はお断りしますよ」

「いえ、墓荒らしは私だけでやります」

「じゃあ、私は何を…」

「ロコさんを足止めしていてください」

 

何食わぬ顔でそう言うパトリシアを見て言葉を飲み込んだ。

 

「…なるほど、本当にやるんですね」

「はい」

「パトリシアさんの素直なところは偶に恐ろしいですね…」

___

 

「ロコさん、こんにちは」

「こんにちは。ガーラントさんお変わりないですか?」

「はい、パトリシアさんが献身的に付いてくれて、とても助かっています」

「それはよかったです!そうだ、新しく本が入ったんですが…」

世間話をしていて欲しいと頼まれたけれど、これでいいんでしょうか…

できるだけ早く戻ってきてくださいね…!

____

 

一方その頃、パトリシアはスコップを担いで、教会裏の墓場に来ていた。気づかれないよう、バルコニーから紐を落として教会の外にでてたどり着いた。

迷いなく傍の墓を掘るのには、彼女の中で確信に近いものがあったからだ。

 

「やっぱり」

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墓の中身は空だった。確かに棺を埋めた跡はあるが、もぬけの殻になっている。

あの医者は躊躇ったのだろうが、パトリシアの信じたものを曲げられない性格のおかげで、この荒業ができたのだ。これで証明できたことだし、戻ろう。

 

「ガーラントさん」

一度部屋に戻って2人の元に何事もなかった素振りで合流する。

「ああ、お話に付き合っていただいてありがとうございました。そろそろ戻りますね」

「はい。またいつでもお話を聞かせてくださいね」

そう言って部屋に戻ると、互いの結果を話す。

「ロコさんは至って普段通りでしたね。研究材料をもらえないかと聞いたところ、パトリシアさんに言われたのかと疑われてしまいまして。衛生環境面で悪影響を及ぼすから断っていると言われましたが、一部でもダメということはよっぽど嫌なのでしょうね、こんなこと言い出す人も少ないでしょうから…」

「こちらとしては、墓場はもぬけの殻でした。死体が何者かによって持ち出されています。想定するにロコさんだと思いますが…」

「少し驚きました。彼も嘘をつくんですね」

「嫌いな人もいるみたいですよ」

「もっと驚いた」

「でも、死体を持ち出してどうしてるんでしょうか。使い道なんて…」

「間違いなく非人道的な行為ですから、わからなくていいんですよ」

自分の若い頃を思い出しても、忘れたい記憶でしかない。よっぽどな物好き以外は興味を持たないほうが身のためだろう。

「なんだか懐かしい気持ちになりました。今ではこんな緊張感を味わうはないですから」

「ガーラントさんがお若い時は、そういったことに長けていたのでしょうね。想像できます」

「パトリシアさんは緊張したり怖くなることはないんですか?そちらの方が難易度の高いミッションだったのに」

「成し遂げなければいけない義務感はありましたが、特には…」

「不思議な方ですね」

「初めて言われました」

_______

 

初めて『彼』に会ったのは月の綺麗な夜だった。

調べ物をしていていつもより遅く部屋に戻った時、月を見ているガーラントさんの姿があった。

「珍しいですね、まだ起きているなんて」

彼が応答してこちらに首を傾けた時に、普段の彼ではないことに気づいた。

ガーラントの顔を半分覆っていたのは、宝石で出来た少年らしき『彼』。

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こちらを確かに見据えているのに、瞬くだけでなんの感情も感じない。意識があるのかもわからない。美しいのにそれよりも得体の知れない不気味さの方が勝った。

 

それから幾度か遭遇した時にふと思ったことがある。仮説でしかないが、ガーラント自身が死んだとして、この奇病の彼はどうなってしまうのか。もし『彼』が意識を残したまま、ロコに死体を回収されてしまったらどうなるのか。ガーラント自身と共に死ぬとして、ガーラント自身と反して抵抗をされたら、きちんと殺すことができるのだろうか。幼い頃から守るように言われていた「常に患者の役に立つ存在でなければならない」これすらも破ることになるのではないか。

彼について知るために、遭遇した時は傍にいることにした。言葉にはせずとも、月を見つめていた姿から、彼にも心動くものはあるのだと思う。結局、何も話したことはなかったが、最初は無感情に見えた表情がなんだか寂しげに見えるようになったのは、私の思い込みかもしれない。

 

__________

 

「ガーラントさんは、『彼』のことをどう思っているんですか?」

 

夜眠れないからと、中庭に向かっている時に気になっていたことを聞いてみた。

「怖いですね、自分の体を別の意識が乗っ取っているのですから、気味が悪いとも」

「私は、彼のことを意識があるのかもわからない、得体の知れない不気味な存在だと思っていました。でもそれは私に似ていると思っています。今までそういった言葉をかけられてきたのですから。でも実際は、彼にも情緒があり思考があって、その声を聞けないだけなような気もします」

中庭が見える大きなガラス窓の前に着いた。自然に囲まれている教会からは星がよく見える。

「今でも私は不思議だと思いますか」

「ええ、不思議ですよ」

「それは、考えていることがわからないからですか」

「そうですね、とても面白くて興味深いと思いますよ」

「おも、しろい」

「どうしました…?もしかして嫌でしたか」

「いいえ、私に興味を持ってくれたり、面白いと言ってくれた人はいませんでした。むしろ嫌ではなく…嬉しい?そうだと思います」

「ガーラントさんは何を話しても受け止めてくれますね。…先程の話の続きをしていいでしょうか。私の昔の話です」

そう言ってガーラントは静かに話を聞いてくれていた。その姿は、彼とあの怪物が同じ人物だと証明するように、皮肉にも『彼』の面影を見た。

 

              

「正しいことを正しいと言ってきただけなのに、周囲から人は居なくなっていました。冷徹だと、機械のようだと。何事も、正しくあるべきです。どんな私情も関係ありません。でないと不平等です。それが管理者のようで嫌だったのでしょうか。私には分かりません。正しいと言われたことを守っていただけなのに、間違っているなんておかしいです」

「時々考えることがあります。私も、もう1人の自分がいたならば、自分のことが何かわかるかもしれないと」

大切なものを抱えた彼の記憶が無くなるのならば、何も無い私が乗っ取られてしまった方が良いのではないか。それが密かに抱えていたことだった。

「あなたが乗っ取られたとしても、意味はありませんよ。だって貴方は素直すぎるから」

「誠実に信じたことを守って、献身的に人を助けてきた、それはとても人間らしいことですよ。美しい心の持ち主です。素直すぎるからこそ分からないのかもしれません。あなたには表裏がないでしょう。気づいていないだけで、あなたには感情も行動する意味もありますよ。誰かの役に立ちたい、それは立派な人生の在り方です」

「難しいです」

「存在の価値や理由なんて後から着いてきます。もっとも、人間はそれを探して、努力し働いているのですから」

「ガーラントさんは、なんのために」

「人間として死ぬためです。これも存在の理由なんですよ。自分のために生きることも存在の理由になるんです」

「私は…」

「私は、あなたと『彼』を救いたい。意識だけが残るなんて悲劇を起こさないように、2人共を間違いなく殺してあげたい。これが私の存在の理由、そして価値です」

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「そんなことを言わずに、これからも人を助けていけばいい」

「それは…」

言い淀んでしまう。自分たちは、彼らの後を追うように刑に処されるのだから。

「やはり、そうですか」

「知ってたのですか」

「見当はついてました。ですが、あなたが罪を犯した理由は全く」

「それは…じきにわかります」

彼女は決めていた。彼も安らかに楽に救うことを。

__________

アロマとアルコールの匂いがする部屋には、清潔な銀皿に置かれた注射器があった。ロコに頼んで取り寄せたもの。どうやってもここでは彼の力を借りないと人を救えないと刻み込まれているようで癪だった。

「お願いします。私と『彼』のことを」

「ええ、何も心配しないで、私に委ねていてください」

以前までは、救済を終えることで自分の存在価値がなくなってしまうと恐れていたが、今では違う。必ずこの最後の役目を成し遂げること、それに集中しようと思う。

ガーラントが目を閉じると投薬をする。

「さすがです。全く痛くなかった」

「きっと香りのおかげもありますよ」

後は眠るのを待つだけ。しかし、深刻な不安要素が残っている。ガーラントの奇病は眠ったら転移することだ。それに『彼』には生存意欲がある。本人もそれを分かっていることだろう。ガーラントが次第に眠りにつく。必ず救ってみせる、そう安心させるように手を握って見守る。力が抜けた途端、彼の顔が宝石で覆い隠されていく。前回よりも範囲が広がっており、右目まで侵している。暗闇でも彼の姿は月光を反射して輝いていた。

『彼』が目覚める。薬が回ってきて異変に気づいたのか、起き上がろうと暴れ出すのを力強く押さえる。彼はこんな時でも心の読めない顔をしていた。でも、もしこれが私が感じているように「悲しい」表情なのだとしたら『彼』も不安なのかもしれない。ガーラントにしたように、『彼』の手を優しく握る。硬直した後、段々と力が抜けていくのがわかる。私たちが彼のことがわからず怖いように、『彼』も私たちのことが理解出来ず、怖かったのかもしれない。

「これも彼のためなんです」

そう話しかけると、ゆっくり一度瞬きをした。もしかして理解したのだろうか。しかし、なんだかまだ不安そうな様子だった。『彼』は死ぬことを望んでいないのだから。そういえば、ガーラントさんが眠った時に現れる『彼』が眠っているのを見たことがないと思った。

パトリシアがベッドに頭を預けて目を閉じる。一緒に寝てみよう。敵意がないことも伝わるし、眠り方も教えて安心させられる。薄く目を開いて『彼』を見る。

「おやすみ」

パトリシアがそう言うと、少しだけ早く2回瞬きをした。

________

すっかり眠っていた。起こされなかったということは、あのまま大人しく『彼』も眠ったのだろう。

暖かくてふかふかなベッドで眠る『彼』を見ると、奇病に顔を半分侵された状態だった。私は彼と『彼』を救うことが出来たのかもしれない。パトリシアは温まった体でロコの元へ訪ねようとしたが、立ち止まる。

 

自分のために生きてみた方がいいという彼の教えを思い出す。幼い頃から躾られた決まりが全てだと思って生きてきたパトリシアにとって、少し心残りだった。自分のしがらみと今までの不器用な人生を消化してやりたかった。私はただ、独りで冷たい部屋で死ぬのは嫌だと思った。我儘をしたかった。決まりを破っていて、間違っていることはわかっている。もう一本、緊急用に余分に取り寄せた注射器と薬を見る。私はこのまま、温かさに包まれて穏やかに死にたい。それだけ、それだけだ。自分の意思や心がないと思っていたけれど、こういう時になると出るものだ。血管を探して慣れた手つきで刺す。体温が上がって血管は探しやすかったのに、腕が強ばって刺しにくかった。薬が酩酊状態になって心地よく感じる。あるいは、春に窓辺で風を受けながら昼寝しているのに似ている。

穏やかな死である安楽死は老衰死に近いとも言われている。人生を満足して生きた人と同じように死ねるなんて、なんて贅沢なんだろう。もし裁かれるのなら、向こうで神が勝手に裁いてくれるだろう。おかしくて力なく笑った。神なんて信じていないから、こんな心配も最初から意味は無い。

どっちにしろ、自分の価値なんて周りが決めるのだから、最後くらい好きにしよう。それでやっと割に合うだろうから。

 

Relief execution

救済執行

 

Jasper: Patricia Gwen

Carnelian: Garland Sorrel

 

End:Lucid dream

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